Ｐさん（前）

冬の休日だった。
ネットゲームで知り合ったＰさんという人が、家（実家）の近くに来ていると聞いた。
彼は、雪でゲームのキャラクターを作っていた。
そのキャラクターは、ゲームの中で、私が気に入っていたものだった。

父の部屋から様子が見えるということで、私も窓から覗いてみた。
家の近くの土手付近で、黄色を中心に着色されたそれは、雪とは思えないほどよくできていて、Ｐさんがそんな物を作れることに、私は驚いた。

見ていたのはほんの少しの間なのに、Ｐさんが気配を感じたかのように、部屋を見上げてきた。
Ｐさんは、部屋の窓に人が来るのを気にしながら待っていたようだった。
Ｐさんはにこやかに両手を振っていて、一緒に窓辺にいた父も、いつの間にかにこにこしながら右手を振っていた。
父はもう何度か窓からＰさんの様子を見ていて、顔見知りになっていたようだった。

私は、ネットで知り合った人に、不用意に現実の自分を見せるのは危ないことだと思っていたので、Ｐさんに見つからないにように、すぐに顔を引っ込めた。
けれども、そうした時には遅く、Ｐさんに見られてしまったかもしれないという気がしていた。

それから窓の所にはもう行かないようにして過ごしていたら、お昼近くになった。
私は、警戒する反面、Ｐさんと仲良く話してみたいという気持ちがあった。
部屋着（パジャマ）にニットの帽子とマフラー、父の黒い長靴、上着を着て、裏口から外に出てみた。
するとＰさんが雪像を作り終えて、帰るところだった。
Ｐさんは赤い折畳み式の小さな自転車で、よくできた黄色のキャラクターを連れて土手を走っていた。
Ｐさんに見つかるとまずい、と思いながら、私はさも用事があるかのように、家の裏口へ踵を返した。
反面、Ｐさんと話す機会を逸してしまったことが、少し残念でもあった。

すると、Ｐさんが私に気付き、大きな声で呼び掛けた。
私は、これでＰさんと話す機会ができた、と内心喜びながら同時に、私は帰ろうとしたけれどＰさんに見つかってしまったのだから仕方がない、と言い訳を作って、また土手の見えるところまで戻った。
Ｐさんも土手を下りてきて、嬉しそうに私に駆け寄ってきた。

「ゆくいさん、後で（写真か何かで）見せようと思っていたんだけど、今見せられてよかった」

と言いながら、彼はよくできた雪像を見せてきた。
私は、
「窓から見てたから知ってるよ」
と思いながら、今初めてそれを見たように振る舞った。
Ｐさんがそれを造るのに染めた黄色の雪が、曇り空の下、あちらこちらに残っていたが、雪が降り積もったり解けたりすれば、やがてなくなるのだから、問題はないと思った。

やがて話しているうちに、Ｐさんの自転車や車にも話題が及んだ。
ピカピカの赤い自転車はＰさんのお気に入りのようだった。

車は綺麗な空色でとても小さく、玩具と間違えてしまいそうだったが、Ｐさんはそれに雪像を乗せて併送させていたようだった。
小さな車は、ナンバープレートも通常より一回り小さく、汚れていない綺麗な白地に深緑の文字だった。
空色で可愛らしい丸みを帯びたぴかぴかの車を触ると、水滴が指に擦れて、キュッキュッと鳴った。

「こんなに小さなナンバープレートで大丈夫なの？」

と尋ねると、それで問題ないのだと、Ｐさんは得意気に答えた。
こんなオシャレで新しい物を持っているなんて、今時の若者だなぁ、と私は思った。

「自転車とほとんど同じサイズなんですよ」

とＰさんは真っ赤なサドルを外して、車と比べるようにしてみせた。
車とサドルは本当に同じくらいの大きさで、今ってこんな物が出てるんだ、と私は思った。

いつの間にかＰさんを家に招き入れることになっていて、私たちは二階の主人の部屋へ落ち着くことにした。
主人もＰさんとは仲良くしていたが、その時は不在だった。
しばらくしてふと私は、主人が不在だというのに主人の部屋に男の人と二人きりでいるのだ、ということに気付き、もしかしたらこるはあまりよくない状況なのかもしれないと思い始めた。
私はさり気なく部屋から出て、その状況をなんとかしようとした。
けれどもＰさんは初めから気付いていたようで、強い力で部屋を出ようとする私を掴んできた。
性的な欲求を感じさせる彼は、まるで私が知っていたＰさんではないようだったが、人間誰しも綺麗な部分ばかりではないのだから、Ｐさんにも私の知らない面があるのは当たり前だとも感じていた。
Ｐさんが体を触ってきたが、私は冗談めいた口調で、

「やぁだー」

と言って交わそうとした。
そうして戯れているのが少し楽しく感じもしたが、他の男の人とこんな風に楽しくしているなんて、夫への裏切りなのだ、とハッとした。
それで、断固拒絶することにして、本気でＰさんから身を離そうとした。
けれども、Ｐさんの私を掴む力は強く、抜け出せそうにない。

「やだっ！」

と何度言っても、Ｐさんに離すそぶりもなく、私はだんだん怖くなってきた。
やがて、私の抵抗むなしく、私は彼に犯されてしまった。
彼は私を逃がさないようにしていて、私は何度も犯された。

どうにか隙をついて廊下へ逃げたが、勿論彼は追ってきた。
私は心底恐怖で、なりふり構わず逃げた。
二つある階段のうち、よく使う方の階段へ逃げようとしたが、追っ手が色々な物を繋げた長い何かで捕まえようとしていたので、私はもう一つの階段へ逃げた。
普段使う階段よりも少し狭いそれは、追っ手の伸ばしたものを引っ掛けて、ほんの一瞬足止めしてくれた。
その隙に私は必死で逃げた。
その時には追っ手はＰさんではなく、明るめの焦茶の綺麗な髪をした女の子に変わっていた。
折角の可愛らしく整ったその顔からは、怒りや悔しさ、憎しみしか感じ取れず、私はただ恐ろしかった。

階下の家族がいる部屋へ辿り着くと、姉と妹が既にＰの犠牲になっていた。
父は沈痛な面持ちで、黙っていた。
帰ってきた主人が、私の身に起きたことを知ると、

「あのやろう！」

と激しく怒って、Ｐのいる所へ向かって行った。
その主人がどうなったのかは、わからない。

二つの階段は鍵のかかる柵で封じていたが、それで落ち着けるようなものでは到底なかった。
皆一様に、暗い雰囲気をしていた。
そこへふと、子供のぐずる声が聞こえてきた。
私はそれで、幼い姪の存在を思い出し、ハッとした。
もしかして、姪を二階へ残してきてしまったのではないか。
抵抗もできない姪にＰが襲い掛かる、姪が泣き叫ぶところを想像して、私はすぐに二階へ戻ろうとした。
けれども父に引き戻されてみると、姪は私の見えなかった洗面所の方から目を擦りながら歩いてきた。
昼寝から目覚めてまだ眠いだけのようで、私はホッとした。
姪が無事だったことだけが、本当に不幸中の幸いだと思った。

母は、どうしても出掛けなければならないらしく、フォーマルな服装をしていた。
しかし母が出掛けるためには、階段の柵を開けて行かなければならなかった。
その隙にＰがこちらへ来たらと、誰もが考えたが、そうならないように祈るしかなかった。

「お母さんが通ったら、すぐまた鍵を閉めてね」

と何度も心配そうに言いながら、母は出掛けて行った。

姉も、姪を連れて家から逃げることにしていた。
義兄（姉の夫）はまだ仕事から帰っていなかったので、以前住んでいたアパート辺りに、身を潜めるつもりのようだった。
姉は支度をして、姪が起きるのを待っていたようで、まだ寝呆け眼の姪を連れて、家を出て行った。

残ったのは私と父と妹、それから見知らぬ男の人だけだった。
色白で線が細く、華奢な体つきをしたその人は、何かの事情があって家で預かっている親戚のようだった。
彼は黒い無地のセーターを着ていて、気弱そうな印象だった。

Ｐをいつまでも放っておけないことは、誰もがわかっていた。
Ｐは誰もいなくなったことに怒って、柵を壊してやってくるだろう。
その前に手を打たなくてはならなかった。

結局、父か誰かの伝手で、別の知らない女の子が身代わりにされることになった。
私たちは、何もおかしなことなどなかったかのように、お昼の食卓へついた。

やってきた女の子は、誰か大人の女性に付き添われていた。

「ここを上っていけばいいから」

と階段に連れて来られた女の子は、何も知らずに、その先に彼女の希望があるとでもいう雰囲気で、階段を上っていった。
彼女は志望の高校に入学したばかりらしく、白い半袖のブラウスに、可愛らしいツインテール、オレンジ色の真新しい通学鞄を背負って、背筋を伸ばした姿が印象的だった。

私と妹は、やはり彼女を行かせることに耐えられなかった。
けれども、箸を置いた私たちは、無言の父が苦しげに小さく首を振ってみせる仕草に、制されてしまった。

『仕方がないんだ、俺は余所の子を犠牲にしてでも、お前たちを守りたいんだ』

という父の思いが黙って食事を咀嚼する顔から伝わってきて、私たちは胸の張り裂けるような思いで、また箸をとった。

いつ彼女の悲鳴が聞こえてくるかと、私たちは身構えていた。
けれども、すぐに悲鳴がすると思った二階は、予想に反して静かなままだった。
もしかしたら、Ｐがあの子を気に入って、酷いことをしないでいてくれるのだろうかなどと、私は思い始めた。
悲鳴があがらなかったことで、幾分か皆の気持ちは軽くなったようだった。
そんな中、親戚の男性がトイレへ立った。
と思うと、青ざめた顔でまた戻ってきた。

「○○ちゃん、死んでます……」

○○という女の子の名前を、正確には忘れてしまったが、ユリコとかユリエとか、上品で可愛らしい名前だったのを覚えている。

女の子はＰによって、悲鳴をあげる間もなく、殺されてしまった。
誰も口にはしなかったが、その場にいる全員がそれを悟っていた。
トイレに立って知ったのだから、女の子は階段を上がりきる前に殺されてしまって、彼女の死体が、そこへあるのだろうと思った。
わずかな希望が見えたと思ったのも束の間、再び場の空気が重苦しくなった。

しばらくして妹が、どうしてもテレビのリモコンが欲しいから取りにいく、と言い出した。
リモコンを取るには、Ｐに近づかなければならない。
私は、危ないからやめなさいと言ったが、妹は聞かない。

「パッと取って逃げてくれば大丈夫」

と妹は言う。
妹はテレビっ子で、何か譲れないものがあるのは知っていたが、それにしても馬鹿なことだと思わずにはいられなかった。
けれども妹は、Ｐにされたことに対して、私が感じるよりショックが小さく、重要視していないように見えた。
本当は深く深く傷ついているけれども、堪えきれずに自分で無意識のうちに蓋をしてしまったのかもしれないし、或いは本当に私より傷ついていないのかもしれなかった。

それでも私は、まだ経験のなかった妹がＰに好きなようにされてしまったのだと思うと、どうしようもなく悲しかった。
また、Ｐを招いてこんな惨劇を引き起こしてしまった自分を、責めても責めても、責めきれなかった。

どうしてもという妹について、私もリモコンを取りにむかった。
Ｐは和室で寝転んでテレビを見ていた。
その部屋に置かれたテーブルの上に、リモコンはあった。
妹はサッと手を伸ばすとそれを掴んで、妹が踵を返す間ももどかしく、私は妹を抱くようにして逃げた。